大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成5年(行ケ)51号 判決

東京都港区虎ノ門一丁目7番12号

原告

沖電気工業株式会社

代表者代表取締役

神宮司順

訴訟代理人弁理士

萩原誠

大西健治

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

斎藤信人

園田敏雄

中村友之

幸長保次郎

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成4年審判第8612号事件について、平成5年2月24日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和57年4月2日、名称を「カットシート給送装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をし(特願昭57-53738号)、平成元年4月3日に特許出願公告された(特公平1-17972号)が、平成4年4月14日に拒絶査定を受けたので、同年5月14日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第8612号事件として審理したうえ、平成5年2月24日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年4月1日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

カットシートの用紙幅に合わせてホッパのシートガイドとホッパローラとを一体的に移動可能とし、カットシートを1枚ずつ分離して給送するカットシート給送装置において、

カットシート(1)をホッパローラ(5)に押圧し、カットシート(1)との間ですべり摩擦力を発生させる押手段(7a)と押圧手段(7a)をホッパローラ(5)側に偏倚し、ホッパローラ(5)に対して所定の押圧力を発生させる偏倚手段(9)とを一対のシートガイド(2)にそれぞれ設けるとともに、

ホッパローラ(5)から各押圧手段(7a)を一体的に離隔する離隔手段(7)を押圧手段(7a)に設けたことを特徴とするカットシート給送装置。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、実公昭52-53225号公報(以下「第1引用例」といい、そこに記載されているシート材料の給送装置に係る考案を、以下「引用例発明1」という。)、実公昭56-42058号公報(以下「第2引用例」といい、そこに記載されている考案を、以下「引用例発明2」という。)を引用し、本願発明は、引用例発明1及び2に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨(審決書2頁10行~3頁4行)、第1引用例の記載事項(同3頁18行~4頁7行)の認定は認める。

引用例発明1の台板、ばね、側面ガイドが、それぞれ、本願発明の押圧手段、偏倚手段、シートガイドに相当すること(同4頁19行~5頁2行)、本願発明と引用例発明1とが、審決認定の相違点(イ)(ロ)を有すること(同5頁5~8行)は認めるが、その余の点で一致するとの認定は否認する。その他は争う。

審決は、本願発明と引用例発明1との一致点の認定を誤り(取消事由1)、周知技術の認定を誤り(取消事由2)、第2引用例の記載事項の認定を誤り(取消事由3)、さらに進歩性の判断を誤って(取消事由4)、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(本願発明と引用例発明1との一致点の認定の誤り)

本願発明は、「カットシートをすべり摩擦を利用して1枚ずつ分離して給送する」装置であって、このような装置におけるすべり摩擦力は、一般にカットシートとホッパローラ間のみならず、カットシート間及びカットシートと押圧手段間にも作用する。したがって、本願発明にいう「カットシート給送装置」は、この三種のすべり摩擦力を利用して、最後の1枚まで確実に、1枚ずつ分離して給送することを特徴としており、単にカットシートを受け入れて送り出すだけの装置ではない。

そして、本願発明の押圧手段は、一対のシートガイドにそれぞれ設けられ、ホッパローラとともに一体的に移動するので、シートガイドをカットシートの用紙幅に合わせて移動するだけで、ホッパローラをカットシートの左右対称となる適正な位置に移動することができ、かつ左右均等の偏倚力でカットシートを押圧でき、カットシートの斜行を防止するという効果を生ずるものである。

これに対し、引用例発明1は、第1引用例(甲第4号証の1)の「側面ガイド9を移動すると、連動して給紙ローラ7が移動して、さばき爪11と給紙ローラ7との関係位置がシート材料4のサイズに対応して最も適正な位置にセツトされる。」(同3欄43行~4欄4行)との記載が示すように、さばき爪と給紙ローラとの適正位置関係を問題としており、ばね15に対して給紙ローラ7を左右対称とすることは何ら意図されていない。

また、第1引用例の図面第1図から明らかなとおり、引用例発明1の台板14(押圧手段)は、側面ガイド9の開口17を挿通する少なくとも一つの突出翼16を備えており、左右の側面ガイドにそれぞれ設けられるものではない。

さらに、左右の側面ガイドを移動するとしても、人手により左右独立に移動するので、その設置位置は不正確となり、それゆえ、側面ガイドに連動する給紙ローラの設置位置も不正確となり、ばねを中心として、給紙ローラを常に左右対称な位置においてカットシートの上面を押さえることは不可能となり、斜行の問題は解決できない。

審決は、本願発明と引用例発明1とのこれら重要な相違点を看過して、一致点の認定をした。

2  取消事由2(周知技術の認定の誤り)

審決は、紙サイズに対する調整を一方のシートガイドのみを移動させて行うタイプのものについて生ずる紙の斜行の問題に対処するために、「一方のシートガイドの移動に押圧手段を追随させるべく押圧手段を左右一対の底板で構成し、各底板をシートガイド側に偏倚させることが従来良く知られた事項でもある(一例として必要なら実公昭55-505号公報参照)。」(審決書6頁15~20行)としたが、誤りである。

審決が挙げる実公昭55-505号公報(甲第4号証の2)記載の考案は、従来技術では、左の側板205を移動したとき、「バネ203と側板しいては側板と共に動く分離爪との距離が左右で違つてくる」(同3欄6~8行)ことから、その実用新案登録請求の範囲記載の「中板201と中板押し上げ手段203と分離爪204とが側板205と共に移動可能」としたものであって、分離爪に対する押圧力を左右均等にしているものであり、ホッパローラに対する押圧力を問題としているものではない。

すなわち、上記公報記載の考案は、分離爪に対する押圧力(分離のための抵抗として作用するもの)を左右均等にして紙の斜行を防止するというものであるが、給送ローラに対する押圧力(最大駆動力として作用するもの)は、通常左右異なることになるため、押圧手段によってカットシートの両サイドに加えられる押圧力が不均一になり、紙の斜行の問題に対処できていないものである。

したがって、同公報によって、上記技術事項を周知とすることはできない。

3  取消事由3(第2引用例の記載事項の認定の誤り)

審決は、「この紙の斜行の問題およびその原因は、伝票等の紙投入機構、連続紙の送り機構等、ローラによる紙送り機構一般に共通の事項であってストッカーからの紙繰り出し機構独特の問題ではない。」(審決書7頁1~5行)としたうえ、第2引用例に、本願発明の押圧手段に相当する二つのピンチローラが記載されていると認定し(同7頁5~16行)、「このものの、ピンチローラを各フィードローラの支持部材(シートガイド)にそれぞれ設けた点、各ピンチローラの付勢手段(本件発明の「偏倚手段」に相当する)を各フィードローラの支持部材に設けた点は本件発明の上記相違点(イ)および(ロ)の機能と同様の機能を奏し、これによって上記の紙のサイズの変更に関わりなく紙の斜行の問題を解決しているものと解することができる。」(同7頁16行~8頁4行)としているが、誤りである。

本願発明は、その要旨に示すとおり、「カットシートを1枚ずつ分離して給送するカットシート給送装置」を対象としているのであり、すべり摩擦力に起因する斜行の問題を解決するという、ストッカーからの紙繰り出し機構独自の問題を対象としているのである。

これに対し、引用例発明2は、「伝票等を投入して印字部に送り込むための紙投入装置」(同7頁5~6行)であって、印字紙を1枚ずつ分離してはならず、単に印字紙を受け入れて送り出していかなければならない装置である。したがって、第2引用例には、印字紙を1枚ずつ分離して給送するという技術は開示されていないし、そのピンチローラは、印字紙間におけるすべり摩擦力を利用しないので、すべり摩擦力に起因する斜行の問題に言及するところはみられない。

すなわち、引用例発明2のピンチローラは、本願発明の押圧手段に相当しないから、ピンチローラを各フィードローラの支持部材にそれぞれ設けたとしても、相違点(イ)の機能と同様な機能は奏することができないし、これによって、紙のサイズの変更に関わりなく紙の斜行の問題を解決するものではない。

審決の上記認定は、誤りである。

4  取消事由4 (進歩性の判断の誤り)

審決は、上記の誤った各認定を前提にして、「第2引用例に記載された解決手段を第1引用例に記載されている発明に適用するについて、特別な技術的問題があって、その問題解決のために本件発明が特別な手段を講じたものとも解されず、またそのように解すべき理由も明細書の記載に見出だせない。」(審決書8頁5~10行)とし、「したがって、上記周知事項を前提とすれば、本件発明は、第1引用例に記載されているものによってすでに解決されている課題解決のために、第1引用例に記載された解決手段に換えて第2引用例に記載されている発明を単に適用したというに相当し、これらに基づいて当業者が本件出願の出願前に容易に発明することができたものと認められる。」(同8頁11~18行)と判断しているが、誤りである。

上記のとおり、本願発明は、「カットシートを1枚ずつ分離して給送するカットシート給送装置」における「斜行」という特別な技術的問題に対処するために、その要旨に示す特別な手段を講じたものであって、この技術的問題については第1、第2引用例には記載も示唆もされていないのである。

特に引用例発明2は、印字紙を1枚ずつ分離してはならず、ピンチローラと印字紙間におけるすべり摩擦力を利用しないものであるから、審決のいう周知事項は、本願発明の前提にならないことが明らかである。

また、審決は、本願発明が、引用例発明1によってすでに解決されている課題を扱っていると認定している(審決書8頁11~13行)が、前記のとおり、引用例発明1によっては斜行の問題は解決されておらず、したがって、本願発明は、「第1引用例に記載された解決手段に換えて第2引用例に記載されている発明を単に適用した」(同8頁14~15行)ものという審決の判断は誤りである。

第4  被告の主張の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。

1  取消事由1について

本願発明と引用例発明1とを対比すると、後者における「シート材料」、「側面ガイド」、「給紙ローラ」、「ロックピン」、「台板」及び「ばね」は、それぞれ前者における「カットシート」、「シートガイド」、「ホッパローラ」、「離隔手段」、「押圧手段」及び「偏倚手段」に該当するので、両者は、「カットシートの用紙幅に合わせてホッパのシートガイドとホッパローラとを一体的に移動可能とし、カットシートを1枚ずつ分離して給送するカットシート給送装置において、カットシートをホッパローラに押圧し、カットシートとの間ですべり摩擦力を発生させる押圧手段と押圧手段をホッパローラ側に偏倚し、ホッパローラに対して所定の押圧力を発生させる偏倚手段とを設けるとともに、ホッパローラから押圧手段を離隔する離隔手段を押圧手段に設けた」点において一致する。

したがって、両者は、本願発明においては、「押圧手段と偏倚手段とを一対のシートガイドにそれぞれ設けた」のに対し、引用例発明1では、そのようにしていない点において相違している。審決の相違点(イ)(ロ)の認定は、これを述べているのであって、審決の一致点、相違点の認定に誤りはない。

2  同2について

駆動ローラとピンチローラとによる紙送り装置において、その一対の駆動ローラとピンチローラとが紙の中心線に対して左右非対称であるとき、斜行が生ずる可能性が大きいということ、この斜行の発生を可及的に抑制するために駆動ローラとピンチローラとの対を紙の中心線に対して左右対称に設けることが望ましいということは、実開昭53-3034号、実開昭54-17582号、実開昭52-79110号の各明細書及び図面のマイクロフィルム(乙第1~第3号証)から明らかなように、当業者の常識である。

そして、紙サイズに対する調整を一方のシートガイドのみを移動させて行うタイプのものについては、カットシートに対する押圧手段の中心がずれ、これにより押圧手段によってカットシートの両サイドに加えられる押圧力が不均一になり、このため紙の斜行の問題が残ることは自明であり、これに対処するために、審決も挙げる実公昭55-505号公報(甲第4号証の2)にも示されているとおり、「一方のシートガイドの移動に押圧手段を追随させるべく押圧手段を左右一対の底板で構成し、各底板をホッパローラ側(原文の「シートガイド側」は「ホッパローラ側」の誤記である。)に偏倚させることが従来良く知られた事項」(審決書6頁15~19行)である。

したがって、審決の周知事項の認定に、誤りはない。

3  同3について

第2引用例には、伝票等を投入して印字部に送り込むための印字紙挿入装置であって、印字紙ガイドを移動することによって、紙サイズに対する調整を可能にしたものにおいて、二つのピンチローラ15(本願発明の押圧手段)を左右のフィードローラ14(本願発明のホッパローラ)にそれぞれ対向させて、左右のガイド体10a、10b及びフィードローラ14と一体になって移動するように各ピンチローラ15及び当該ピンチローラの偏倚手段であるスプリング17を左右のガイド体10a、10bに取り付けたものが記載されている。

すなわち、引用例発明2は、フィードローラ(ホッパローラ)と、フィードローラに対して紙を押し付けるピンチローラ(押圧手段)と、ピンチローラをフィードローラに向けて付勢するスプリング(偏倚手段)とがシートガイドとともに移動できるようにしたことによって、紙のサイズの如何にかかわらず左右対称な位置で、かつ均等な摩擦駆動力で紙を送り出す機能を奏することが明らかであり、紙送り時の斜行の問題を当然に解決しているということができる。

原告は、引用例発明2は、印字紙間におけるすべり摩擦力を利用しないので、第2引用例には、すべり摩擦力に起因する斜行の問題に言及するところはみられないと主張するが、審決は、このようなことが第2引用例に記載されているとはいっていない。

4  同4について

審決認定のとおり、シートガイドとともに、押圧手段と偏倚手段とを移動することが従来周知であることを前提とすると、引用例発明1すなわちカットシートの給送装置における紙サイズの変更に際して、シートガイドとともにホッパローラを移動させるものについて、押圧手段をも移動するものとし、そのシートガイドの移動によって、ホッパローラとともに押圧手段をもシートガイドと一緒に移動させる機構を採用することは、引用例発明2の位置調整機構にならって、当業者が容易に想到できることである。

そして、本願発明の作用効果は、引用例発明1及び2から、当業者が予測される範囲を超えるものではない。

したがって、本願発明に進歩性がないとした審決の判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(本願発明と引用例発明1との一致点の認定の誤り)について

本願発明の要旨が審決認定のとおりであること、第1引用例に、審決認定のとおりのカットシート給送装置の考案(引用例発明1)が記載されていることは、当事者間に争いがない。

本願発明と引用例発明1を対比すると、両者は、「カットシートの用紙幅に合わせてホッパのシートガイドとホッパローラとを一体的に移動可能とし、カットシートを1枚ずつ分離して給送するカットシート給送装置において、カットシートをホッパローラに押圧し、カットシートとの間ですべり摩擦力を発生させる押圧手段と押圧手段をホッパローラ側に偏倚し、ホッパローラに対して所定の押圧力を発生させる偏倚手段とを設けるとともに、ホッパローラから押圧手段を離隔する離隔手段を押圧手段に設けた」点において一致し、本願発明においては、「押圧手段と偏倚手段とを一対のシートガイドにそれぞれ設けた」のに対し、引用例発明1では、押圧手段が1枚の台板であり、偏倚手段であるばねがこの台板の中央に設けられた点において相違していることが認められる。

本願発明と引用例発明1との構成上の相違点は、上記の点に尽き、審決が両者の相違点として挙げた(イ)(ロ)の2点は、表現は異なるが、同じことを述べていると認められるから、審決のした構成上の一致点及び相違点の認定に誤りはないものといわなければならない。

審決が看過した重要な相違点として原告が主張する点は、上記構成上の相違点によってもたらされる効果の相違であると認められるから、この点は、本願発明の進歩性の判断の適否において検討されるべき事柄であり、審決のした構成上の一致点及び相違点の認定を論難する理由とはならないというべきである。

原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(周知技術の認定の誤り)について

審決が紙サイズに対する調整を一方のシートガイドのみを移動させて行うタイプのものについて生ずる紙の斜行の問題に対処するために、「一方のシートガイドの移動に押圧手段を追随させるべく押圧手段を左右一対の底板で構成し、各底板をホッパローラ側(原文の「シートガイド側」は「ホッパーローラ側」の誤記と認める。)に偏倚させることが従来良く知られた事項でもある」(審決書6頁15~19行)として挙げた実公昭55-505号公報(甲第4号証の2)には、複写材・転写材等の薄状物を積載し給送する薄状物給送台であって、これら複写材等のサイズに対する調整を可能としたものにおいて、左右一対の分離爪・側板(シートガイド)・中板(押圧手段)及び中板を給送ローラ(ホッパローラ)側に偏倚させる中板押し上げ手段であるバネ(偏倚手段)を有するものにつき、ばねが一方の側板の移動に追随しない従来方式の問題点を「積載する複写材が小さいサイズなどのため側板及び中板を移動させた場合、バネ203と側板ひいては(原文の「しいては」は「ひいては」の誤記と認める。)側板と共に動く分離爪との距離が左右で違つてくる。そこで分離爪の下面に対して、積載最上部の複写材を押しつけるバネ203による圧接力も変つてくる。ひいては(前かっこ内と同じ。)給送ローラRと積載複写材との圧接力も違いが生ずる為に、圧接力の違いによる左右の給送力の違いによつて複写材Pが斜めに送られるなどの問題が生ずる。」(同3欄5~13行)と指摘し、「そこで本考案は以上の欠点を取り除くために、分離爪204・側板205・中板201と共にバネ203を一体に移動可能とすることによつて上記欠点を解決したものである。」(同3欄14~17行)と記載されていることが認められる。

原告は、同考案は、分離爪に対する押圧力を左右均等にしているものであり、ホッパローラに対する押圧力を問題としているものではない旨主張するが、上記記載によれば、同考案は、「分離爪の下面に対して、積載最上部の複写材を押しつけるバネ203による圧接力も変つてくる」ことに起因して、「給送ローラRと積載複写材との圧接力も違いが生ずる為に、圧接力の違いによる左右の給送力の違いによつて複写材Pが斜めに送られるなどの問題が生ずる」こと、すなわち、紙の斜行の直接の原因が積載複写材を給送ローラ(ホッパローラ)に押し付ける押圧力が左右不均等であることを認識して、ばね(偏倚手段)を側板(シートガイド)・中板(押圧手段)と一体に移動可能としたものであり、正にホッパローラに対する押圧力を問題としているものであることが明らかである。

したがって、審決の上記認定に誤りはなく、原告の取消事由2の主張は採用できない。

3  取消事由3(第2引用例の記載事項の認定の誤り)及び同4(進歩性の判断の誤り)について

本願発明と引用例発明1との相違点が、本願発明においては、「押圧手段と偏倚手段とを一対のシートガイドにそれぞれ設けた」のに対し、引用例発明1では、押圧手段が1枚の台板であり、偏倚手段であるばねがこの台板の中央に設けられた点にあることは前示のとおりである。

そして、前示のとおり、実公昭55-505号公報(甲第4号証の2)には、本願発明のカットシート給送装置に該当する薄状物給送台において、給送される複写材等の斜行の直接の原因が複写材等を給送ローラ(ホッパローラ)に押し付ける押圧力が左右不均等であることを認識して、押圧手段である中板と偏倚手段であるばねとを一対のシートガイドである側板にそれぞれ設けたものが示されており、このような手段が本願出願前周知の技術手段であったと認められるのであるから、この周知の技術手段を引用例発明1に適用して本願発明の構成とすることは、当業者であれば容易に推考できることといわなければならない。

また、第2引用例(甲第4号証の3)には、審決認定のとおり、「伝票等を投入して印字部に送り込むための紙投入装置であって、紙サイズに対する調整を可能にしたものにおいて、上記押圧手段に相当する二つのピンチローラを左右のフィードローラ(本件発明のホッパローラに相当する)にそれぞれ対向させて、左右のシートガイドおよびフィードローラと一体となって移動するように各ピンチローラおよび当該ピンチローラ付勢手段をシートガイドに取り付けること」(審決書7頁5~13行)が記載されていることが認められ、これによれば、本願発明のようなカットシート給送装置とは異なるところの伝票等を投入して印字部に送り込むための紙投入装置においても、印字紙を所定位置に送り込むための機構として、押圧手段であるピンチローラと偏倚手段であるピンチローラ付勢手段とを一対のシートガイドにそれぞれ設けたものが示されていることが明らかである。

この引用例発明2と上記周知技術とによれば、本願発明と引用例発明1との相違点に係る「押圧手段と偏倚手段とを一対のシートガイドにそれぞれ設けた」点は、カットシート給送装置のみならず、上記紙投入装置においても、本願出願前から、普通に採用されていた技術手段であり、紙送り装置において広く使用されていた技術手段と認められるから、この技術手段を引用例発明1に適用して、本願発明の構成とすることに特段の困難性はないといわなければならない。

そして、この構成にすれば、原告が本願発明の特徴及び効果として主張するところの、カットシートとホッパローラ間、カットシート間及びカットシートと押圧手段間に作用する三種のすべり摩擦力を利用して、カットシートを最後の1枚まで確実に、1枚ずつ分離して給送できること、シートガイドをカットシートの用紙幅に合わせて移動するだけで、ホッパローラをカットシートの左右対称となる適正な位置に移動することができ、かつ左右均等の偏倚力でカットシートを押圧でき、カットシートの斜行を防止するという効果を生ずることは、当然に予測されるところであり、これをもって、本願発明の進歩性を根拠付けるに足りる特段の効果ということはできない。

したがって、本願発明は、引用例発明1、2と周知技術から容易に推考をすることができたものというほかはなく、これと同旨の審決の判断に誤りはない。

なお、審決は、原告主張のとおり、本願発明が、引用例発明1によってすでに解決されている課題を扱っていると認定しており(審決書8頁11~13行)、原告はこの認定を誤りと主張するが、その当否が審決の上記判断に影響を与えるものではないことは、上記説示に照らし、明らかである。

原告の取消事由3及び4の主張は採用できない。

4  よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

平成4年審判第8612号

審決

東京都港区虎ノ門1丁目7番12号

請求人 沖電気工業株式会社

東京都港区芝浦4丁目10番3号 沖電気工業株式会社内

代理人弁理士 鈴木敏明

昭和57年 特許願第53738号「カットシート給送装置」拒絶査定に対する審判事件(平成1年4月3日出願公告、特公平1-17972)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本件の出願は昭和57年4月2日の出願(特願昭57-53738号)であって、平成1年4月3日に出願公告(特公平1-17972号公報)されたものである。

そして、その発明の要旨は平成4年6月12日付けで補正された明細書および図面の記載からみてその特許請求の範囲に記載された次のとおりと認められる。

「カットシートの用紙幅に合わせてホッパのシートガイドとホッパローラとを一体的に移動可能とし、カットシートを1枚ずつ分離して給送するカットシート給送装置において、

カットシート(1)をホッパローラ(5)に押圧し、ヵットシート(1)との間ですべり摩擦力を発生させる押圧手段(7a)と押圧手段(7a)をホッパローラ(5)側に偏倚し、ホッパローラ(5)に対して所定の押圧力を発生させる偏倚手段(9)とを一対のシートガイド(2)にそれぞれ設けるとともに、

ホッパローラ(5)から各押圧手段(7a)を一体的に離隔する離隔手段(7)を押圧手段(7a)に設けたことを特徴とするカットシート給送装置。」

ただし、カットシートを下方からホッパーローラに押し付ける部材を実施例においてはプレシャスリーブ7aと称しているのに対して特許請求の範囲の欄の記載においては押圧手段7aと称しているのであるから、この押圧手段は入リーブ状のもの等の特定の形状、構造を有するものに限らず、カットシートを下方からホッパローラに押し付ける機能を有する部材を意味するものと解される。

これに対して、原査定の理由(特許異議申立人、ダイワ精工株式会社の特許異議申立に対する特許異議決定の理由と同じ)において引用した実公昭52-53225号公報(以下「第1引用例」という)には、カットシート給送装置が記載されており、このカットシート給送装置はその左右一対の側面ガイド9に、一体的に移動可能に給紙ローラ7を取り付け、台板14の中央をばね15によって上方に付勢してカットシートの両サイドを給紙ローラ7に押し付け、この台板14の突出翼16を押し下げ、突出翼16のロックピン18にロックレバー19を係合させることによって給紙ローラ7から台板14を離隔した位置に保持させるものである。

このものは、左右の側面ガイド9を移動させてカットシートのサイズに対する調整を行うとき、上記台板14は移動しないが、台板14が常にその中央にばね15のばね力を受け、給紙ローラ7は常に左右対象な位置においてカットシートの上面を押さえることになるので、左右の給紙ローラはカットシートの左右対象な位置を均等な力で押さえることになるものと解され、したがって左右の給紙ローラ7とカットシートとの摩擦力の不均衡によって生じるカットシートの斜行の問題を解決しているものと解される。

そして、上記引用例に記載された台板は本件発明の押圧手段に相当し、上記ばねは本件発明の偏倚手段に相当し、さらに側面ガイドは本件発明のシートガイドに相当するものと解される。

そこで、本件発明と第1引用例に記載されたもとを対比すると、

(イ)本件発明は上記押圧手段を左右に分割してホッパローラ側に偏倚させた点、

(ロ)左右の押圧手段を付勢する偏倚手段を左右のシートガイドにそれぞれ設けた点、

の2点において相違し、その余の点において一致しているものと認められる。

ところで、カットシートの給送装置において、左右のシートガイド間の幅をカットシートのサイズに応じて調整可能にすることによって多種サイズのカットシートを利用可能にするとき、左右のホッパローラによる紙送り力に差異があるか、あるいはホッパーローラによるカットシートに対する作用点が左右非対象であるときに紙の斜行を生じることは従来周知のことである。

第1引用例に記載されたものは、左右のシートガイド(側面ガイド9)をストッカー1の中央に対して左右対象に移動させることを前提として、カットシートをそのサイズの大小に関わり無くストッカー1のセンターに位置させるものであるから、その中央下面を上方に押し上げられている単一の押圧手段によってカットシートの左右対象な位置を均等な力で左右のホッパーローラに押し付けることができるものであって、上記の斜行防止の観点からは特に問題はないのである。このことから、殊に紙サイズに対する調整を一方のシートガイドのみを移動させて行うタイプのものについては、カットシートに対する押圧手段の中心がずれ、これによって押圧手段によってカットシートの両サイドに加えられる押上力が不均一になり、このために上記の紙の斜行の問題が残ることは自明のことである。これに対処するために一方のシートガイドの移動に押圧手段を追随させるべく押圧手段を左右一対の底板で構成し、各底板をシートガイド側に偏倚させることが従来良く知られた事項でもある(一例として必要なら実公昭55-505号公報参照)。

また、この紙の斜行の問題およびその原因は、伝票等の紙投入機構、連続紙の送り機構等、ローラによる紙送り機構一般に共通の事項であってストッカーからの紙繰り出し機構独特の問題ではない。そして、伝票等を投入して印字部に送り込むための紙投入装置であって、紙サイズに対する調整を可能にしたものにおいて、上記押圧手段に相当する二つのピンチローラを左右のフィードローラ(本件発明のホッパーローラに相当する)にそれぞれ対向させて、左右のシートガイドおよびフィードローラと一体となって移動するように各ピンチローラおよび当該ピンチローラ付勢手段をシートガイドに取り付けることが原査定の理由において引用した実公昭56-42058号公報(以下「第2引用例」という)に記載されている。このものの、ピンチローラを各フィードローラの支持部材(シートガイド)にそれぞれ設けた点、各ピンチローラの付勢手段(本件発明の「偏倚手段」に相当する)を各フィードローラの支持部材に設けた点は本件発明の上記相違点(イ)および(ロ)の機能と同様の機能を奏し、これによって上記の紙のサイズの変更に関わりなく紙の斜行の問題を解決しているものと解することができる。

さらに、第2引用例に記載された解決手段を第1引用例に記載されている発明に適用するについて、特別な技術的問題があって、その問題解決のために本件発明が特別な手段を講じたものども解されず、またそのように解すべき理由も明細書の記載に見出だせない。

したがって、上記周知事項を前提とすれば、本件発明は、第1引用例に記載されているものによってすでに解決されている課題解決のために、第1引用例に記載された解決手段に換えて第2引用例に記載されている発明を単に適用したというに相当し、これらに基づいて当業者が本件出願の出願前に容易に発明することができたものと認められる。

それゆえ、特許法第29条第2項の規定により本件発明について特許を受けることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年2月24日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例